お別れロック
2011年。
大震災まで起こって、この世の不運を全て受け持ったような気持ちになっていた。
有名大学のブランド力でエントリーシートは全通だったが、壊滅的なコミュ障であるため面接で落ち続ける学生が、そこにいた。
奇をてらって薄ら寒いことを言ってしまった自己PRを猛省したり。
論破したがりな法政大生に滅茶苦茶にされた集団面接に憤ったり。
学の無さそうな採用担当者たちに切実に頭を下げた最終面接の帰り道、道路に出て数分で届いたお祈りメールに絶句したり。
氷河期だから…という以前に、人間力や好感度によって低評価を受けること自体が辛くて、かなり参っていた記憶がある。就職活動なんて二度としたくないね。。
大学名のお膳立てがあっても失敗する自分への絶望感も半端なかった。
友達は大手企業に受かっているのに。
大学で真面目に勉強してきたのに。
謙遜して、皆が嫌がる職種を狙ってるのに。
なんで自分ばかり上手くいかないんだろう、と。
なんだか過激な発信をしたくなって、いつも口汚く愚痴ばかり言うから、その時期に友達も失ってしまった。
自暴自棄な就活生がエレキベースに出会ったのは、
なんかの企業説明会の帰りだったか、
たまたま通りかかった御茶ノ水の楽器屋だった。
別に、バンド音楽が特に大好きだとか
尊敬するベーシストが居るとか
そういうのは全く無かったのだけど
なんとなく、低い音のほうがカッコいいとか、
ベースはノッポがやりそうなイメージとか、
弟がギターをやってるから避けたいとか、
色々と考えたところ、
高身長で闇深い自分に似合う楽器はベースだと感じてしまい、初心者用セットを購入。
アンプやシールドやチューナーが付いてるので、すぐに弾くことができた。
ちな、チューナーは未だにこれを使っている。それ以外はすぐに壊れてしまった。
ニコニコ動画で「弾いてみた動画」を検索し、
譜面を無料公開してくれている投稿者がいれば
ありがたくダウンロードした。
厳しい現実から逃避するのに、音楽はちょうどよい。難しい部分はシカトした「めざせポケモンマスター」を、毎日練習した。
自己流だし全く出来てないのだが、
バンドを組んだらどんな感じだろう!?と考えるところまで妄想は進んでいた。
初対面の人にも、自分はベースを練習していると誇らしげに話していた。
当時大学生だったからか、楽器をやってる人は意外と居て、ギターが多かったけどたまにベースの人も居た。ベースやってるんですね!と最初は盛り上がるのだが、私達の世代は大半が椎名林檎を信仰している(※諸説あります)ので、亀田誠治さん良いよね!と同意を求められることが多かった。私は「憧れのベーシスト」とか特に居ないし、誰かの技法を真似るレベルにすら達していなかったから、温度差があった。
そして、軽音楽をやっている人でまともな人間は一人も居ない(※諸説あります)ことにも気付いてしまった。
まず、普通の人は羞恥心があるから、自作の痛々しいポエムを披露したりはしない。そういうのってこっそり未送信メールに入れておくものであって、「俺、作詞とかもしてる。一応。」とか人に明かすのは異常だ。
成功しているミュージシャンならば作詞までできるなんてカッコいい!!のだろうけど、大半が成功しないのでね。
楽器とか音楽よりも、御自分を愛しているんだなぁ…と感じる人が多かった…というか、軽音楽やってる人ってそういう人としか会ったことがない。
不良っぽいことを本気でカッコいいと思っていそうなカッコいい系が大半だが、そうじゃないとしても変な人か危ない人しか居なかった(※諸説あります)。
「おっ!じゃあバンドを組もうか!」みたいな話も出たことはあったのだが、仲良く出来る気がせず、実現しなかった。今後もないと思う。
大学時代の終盤は人生で1番沈んでいた時期だ。
コミュ障があだとなり、他人の悪意を見落とした。
酷い目にあって、人間嫌いが加速し、
被害者意識だけを燃料に周りに当たり散らすクリーチャーと化していた。
就活生時代も荒れていたけど、更に悪化して、
いよいよ人生がオワッていった。
優秀な友人の「社会人になって自分で習おうとしたらめっちゃお金かかるじゃん!」という指摘に感化され、学生時代はほぼフル単でたくさんのことを学んでいた。
そのため、無い内定でも強制退場となり、私はニートになってしまった。
現実逃避の一環として、ベースは孤独に独学を続けた。
どんな音楽を聴いててもベースラインばかり気になるし、低い音のほうがカッコいいなと思っていた。
無職のくせに遊んでいると親に咎められるので、練習は控えたけれど。
そのあと色々あって就職先が決まった。
ラクそうな仕事を選んだ。なかなかの競争率のはずだが、学歴が良かったから採用されたんだと思う。
自分の稼いだお金を自分のために使って良い状況になって、まず、ボロボロになってきた初心者ベースを買い替えようと思った。
ベーシストには詳しくない。
聴く曲はアイドルが多い。
こんな音が出したい!とかも、脳内にメニューがないから思いつかない。
楽器のメーカーやブランドにも疎い。
そんな私が選んだのは、山口メンバーと同じブランドのベース。35万円ぐらい。
日本人くらいしか好まない(※諸説あります)バーガンディー色の美しいベースを手に入れ、
私のテンションはマックスだった。
独学での練習も5年目ぐらいだっただろうか、新規開拓はせず、めざせポケモンマスターとオリオンをなぞるばかり弾いていた。
自分が上手くなっていると錯覚し、新品の美しいベースで、MuseのHysteriaを弾こうとする。
いや、出来ない。
その時、先生に教えてもらうしか無いなと思った。
まず、インターネットで教室を探した。
ギター教室だけどベースも教えるよ、と謳っている音楽教室のホームページを発見。
1番近くの教室ですら東京都ではあったが(私は神奈川県民)、生活圏域を通る小田急線の駅だし、頑張れば通えると思った。
楽器の貸出もあるようで、手ぶらで行けるのも魅力的。
早速、体験レッスン申込をした。
…が、メールの返信はこう。
「ご希望の教室では、ベースの講師が居ないので、スカイプレッスンになります!」
いやいやいや…
自宅のショボい設備(狭いし、近所迷惑になるのでヘッドホン)でやるなら意味ないし、
ちっさなパソコン画面を見てるだけならニコ動でいいし。。
話が広告と違うので止めると捨て台詞を吐き、再度検索をしたのだけど、
ほんっとにこの世にベース教室が少ない。
都会に行けばあるのかもしれないが、
都心から遠いところに住んでいるから厳しい。
当たり前っちゃ当たり前だ。普通はギターを選ぶ。
敢えてベースを選んだ変態のために
リソースを割いてくれるところは少ないのだ。
しかし、灯台下暗しだった。
いつも乗り換えで使っていた駅の楽器屋に、
併設している音楽教室を発見。
資料だけ持ち帰り、簡単に通えるしちょうどいいと思い電話をかけた。
電話に出たのは明るい女の子だった。好意的で感じの良い接客で、すぐその気になった。
実は、この女の子は知り合いだった。私は小学生時代に数回会っただけだけど、友人の大親友なんだ。
あとでその共通の友人の結婚式でこの事実を知った。向こうは名前で気付いてたんだろうな〜、私は全く気付かなかったから驚いた。笑
そして迎えた体験レッスン。
先生はロックンロールな見た目の長髪おじさん。
いまバンドで練習している曲はあるの?と聞かれ、
バンドは組んでいない、練習はしていない(嘘)、基礎から学びたい、と自分語りをした。
初心者なのに、そんな良いベースを?(笑)と指摘されてしまった。
張り切りすぎてて恥ずかしい限り。
ちなみにそのあと何年何年も、先生はことあるごとに楽器を褒めてくれた。
いわく、やっぱサドウスキーは音が良いねぇ!とのこと。色んな楽器に触れてきた先生がそう言ってくれるんだから、そうなんだろう。
無理して背伸びして買ったけど、正解だったと思える。
それからレッスンを受けるようになった。
はじめのうちは、手首のアングルとか指の形とか
基本的なところを矯正した。
そしてリズム練習。
やりすぎるとノイローゼになるからほどほどでいいよ!と先生は言うのだが、
練習しないと全然できなくて大変だった。
チューニングは、ハーモニクスで合わせる。
音がズレてるとぐわんぐわん振動するから、
耳と触覚で調整していく。
初めはチューニングだけで30分ぐらいかかってしまった。
未だにこれ、体調悪いとき全然できない。
世界中が半音ぐらい下がって聞こえる日もある。
ある日、音楽教室がつぶれた。
併設の楽器屋さんも無くなった。
私は先生と一緒に、ヤ◯ハ音楽教室に移籍した。
意外と近場に、ほかの音楽教室があった。
あたらしいスタジオは、駅からはちょっと歩く。
田舎で大きな楽器を背負っていると、
なんだかやたら声をかけられる。
ストリートミュージシャンみたいに、おおやけに開かれた存在に思えるのかもしれない。
それは何の楽器なの?という質問が多いかな。
ギターにしては大きいし、不思議なんだろう。
先生は昔の洋楽ロックが好きなようだ。
私は幼少期からアイドルばかり聞いてきたし、
洋モノにはあまり興味がない。
正直、めっちゃ有名だとしてもぜんぜん知らなくて
新鮮な気持ちで練習することが多かった。
いつか自宅でホテル・カリフォルニアを練習していたら、年金暮らしの母が、
「あっ!懐かしい!大好きな曲!!」と大喜び。
私は初めて知った曲だったけど、親世代にウケが良い。他の曲も、親は知ってることが多かった。
練習するにあたりじっくり聞いてみると、
たしかに名曲というのは美しいものだなと思う。
アイドル音楽も楽しいけれど、
やはり、美男美女が歌って踊ってという加点が大きい。その年は覚えてても、数年もしたら飽きて忘れてしまったりする。あと、なかなか「共通の話題」になりえない。
私はキモいヲタクにありがちな「メジャーどころを敢えて選ばない俺マジ異端カッケー」なとこがあるので、
大勢が好きな曲ならば端から避けている。ビートルズなど聴こうと思ったことがない。
レッスンを通して、そういう触れてこなかった名曲を学べたのは大きい。
こんなに良い曲だったんだ!と感動できるし、上の年代の人と話すのに、けっこう良いネタになってくれたりもするから助かる。
その日もいつもの通りのレッスン。
ビートルズのストロベリーフィールズフォーエバーを、自分なりのアレンジで弾く課題だ。
10年もやれば上達はしてるのだろうけど、未だにアレンジとかは恥ずかしくて苦手だ。
和ロックを思わせるダサいモチーフが偶発的に出来て「あっこれは違っ///」と焦ったりしている。
来月の予定はまた連絡するね!と先生に言われ、分かりました!と答えて帰った。
先生はステージの活動などもあるからか、直前にならないと予定が決まらないのはいつものことだ。
そして、結局それが最後のレッスンだった。
別のギタリストの先生がベースも教えられるって言うけど、どうする?とヤマ◯から聞かれたが、
失意の中で「辞めます」と伝えた。
怒っちゃいないが、十分な説明は無かった。
一身上の都合で先生が退職されます、との連絡だけだからね。
なにか重い病気だろうか。◯マハと仲違いしたか?まさか、逮捕された?
色々と想像したけど、答えは降ってこないし、たとえ答えを聞いたところでもう、私の唯一の先生は先生をお辞めになったのだ。
自由に練習してみようと思ってベースを手に取ったが、何も思い付かなかった。
うまく弾けても失敗しても、フィードバックも称賛もしてもらえない。虚しくて、元の場所に置いた。
私が自分の意志で、昔のロックを聴くことはない。
私のロックの知識はきっともう増えない。
具体的な目標もなく、いつも受け身だった。
今となっては、褒めてもらうために通ってたのかもしれない、とすら思う。
モチベーションって、脆いんだなあ。
もう1か月、ベースに触っていない。
それでも大丈夫な自分に驚いてる。
このまま辞めてしまう自分も想像できないが
なんだか今は、ほんとにやる気が起きない。
先生の存在は大きいんだなって痛感した1か月でした。
習えるときに、習おう。
学べるときに、学ぼう。
先生がいるうちに、できるだけ多く効率的に、
吸収しなきゃいけないよ。